読者の声

(1)     (現代文芸研究所所属) 遠 矢 政 行 

 しばらくお会いしていませんが、知らぬ間にこのように重厚な作品集が完成されていたのかという内心の驚きでいっぱいです。羨望の念さえ抱いているといっていいくらいです。
 正直のところ、最初はいわゆる教育界の内部事情というものを背景とした問題性というものに、既存の作家や作品によってつくられたステロタイプのイメージがどうしても重なってしまってなかなか食欲が湧いてきませんでした。いくらか距離をおいた地点で眺めていたふしがなきにしもあらずといったところでしょうか。ところがだんだん読みすすんでいくうちに、これは何かたいへんな力量をもった作家なのではないかという執拗な物思いにとらわれるようになってしまいました。
 いったいどうしてこのような作家が深く埋もれたままでいなければならないのかという、不条理な現実にやりきれない思いを禁じえません。問題意識は共通したところがあるのですが、その表現のアングルとか方法において明らかに僕などとは異質のタイプの作家なのではないかという気がする一方で、しかし、貴方の作品に接することによって、僕はひとつの決断のようなものに直面してしまったことは事実なのです。つまり、あくまで自分がこだわりつづけているものに執着していく持続力こそが、文学というものの基本的な「力」のひとつなのだということを、あらためて気づかせてくれたことと、もうひとつは秋葉文学のたどった足跡を追うことの無意味さを悟らせてくれたことでしょうか。というのはどれだけその後を追ったとしても、たぶん貴方以上には書けないだろうという絶望感のようなものを覚えてしまうからなのです。いま、自分が分岐点にたって異なった方向へ折れ曲がって行こうとする暗がりの道がしだいに視えてきたような気がしています。
 いずれにしても、貴方の作品は全体として深く堅固であり、六十年代ロスト・ジェネレェーションの作家でもあった柴田翔氏の世界さえも越えている領域をもっていると感じました。「パンソリ」と「路上の女」といった作品の中には、今後の作家としての広がりを予感させる可能性が充ちているという気がしました。


(2)      (「現代文芸」同人) 佐 藤 まり子

『非常階段』私からみたら「すごいな」の一言です。
 個々の情景の表現などは細かく正確にデッサンされたスケッチ画のような感じがしました。(………)商業ペースに乗せようとすると作品のどこかを無理に誇張したり、押しつけがましくなってしまうのですが、秋葉さんの作品はいつも自然で、読者としては心地よい感覚に浸れるのでほっとします。お人柄からくるのかも……。「歪んだ風景」は現代文芸に掲載されたときから私の好みの作品でしたが、やっぱり四つの作品の中では一番理解しやすく親しみのもてる作品でした。


(3)      (「現代文芸」同人) 遠 藤 唯 子

 書出の部分の電車の中の心象風景、そしてホームでの疎外感、これはすごくうまいですね。
 秋葉さんの書くホームの風景はいつも共感をおぼえます。いつも的確なタッチで書いているので、そうなのそうなのと、よくぞ書いてくれました、と思わずにはいられません。
 だから貴方からぬすみ出さなければならないものが沢山あるような気がします。たとえば、父からの電話がかかってきた時の情景、十頁の不意に……のところ、22頁から23頁の女とのふれ合いの部分、などなど。情況描写をしながら自分の心理状態をうまく言い現わしていると思いました。「文藝」誌上の田端氏の「非常階段」批評で、女との関係とその非常階段と主人公の内面でどうつながるのか、それを作者自身しっかりと把握していない感じだ、とありますが、私はやっぱり女との関係においても、常に非常階段を登っているような感じを主人公がもっているように感じます。「歪んだ風景」は、最後の部分がすごくいいなあと思いました。「こんなところへはもう来ない方がいいですよ。病みつきになるから……」という言葉は、すごく印象的ですね。「路上の女」は今までとちがった秋葉さんの顔を見たような気がしました。ストリーの展開がうまいし、相変わらず情景描写もすばらしいですね。「パンソリ」は感動しました。(………)迫力があって、読んでいて胸がドキドキしました。読み終ったときは、涙がこぼれそうでした。すばらしい映画をみてしばらく身動きが出来ない状態ににていました。


(4)      (「文芸広場」誌友) 八 幡 政 男

 表題作「非常階段」は一種の観念小説として読みました。緊密な文体、適切な比喩表現が実に巧みで、作者の文学に対する真摯な姿勢が伝わってきました。椎名麟三の世界を想わせて秀逸です。「歪んだ風景」 学校という競争社会になじめない思春期のユーウツ。虚脱、倦怠の生徒も、自分の飼う鳥篭のインコであり、また担任の教師の影にも重なる……ありきたりの教師モノとは一味ちがう鋭い切り込みが感じられました。「路上の女」 家庭生活のマンネリに疲れ果てた主人公の前に突如現われた、不思議な雰囲気をもつ路上の女に救いを見え出すが、所詮は一刻の幻想。この作者の描く女は肉体があるようでない……シャガールの空中を翔ぶ女のような……透明な感じをうける……うまいもんですね。「パンソリ」 民族とか差別の問題の作品化には、ともすればプロバガンダの匂いがつきまとうものですが、この作にはそれは沈殿し、というより昇華したかたちで追求されているので、力強い感動となって読者に迫る。パンソリ……それはヒロインの正順や京華だけでなく、同時に主人公の思考でもあり、行動である。……なにより作者の人間に対する暖かい愛情がこの作を成功させた。
(………)実のところ、「文芸広場」誌上では貴兄の作品あまり拝読した記憶がないので、こんなにすばらしい書き手を発見したことに、大きな驚きを感じました。


(5)         (教師・友人) 斎 藤 一 美

「非常階段」大変面白く読みました。……読み終わってずっしり来る手応えがありました。
 どの登場人物も生活感があるようでない、そしてせまってくる重い存在感がある。これはいったい何なのかと幾度も問いかけながら読みました。この感覚は、前作の『学校の草』より私には何となく(うまく言えないのですが)肌でわかる。生理的にわかる世界でした。読者によっては、作者の細やかな鋭い感性についていけない人もいるかもしれないとふと思いつつ、私には、大変説得力のある表現でみたされていたと私は感じています。
 ……安保世代、学園紛争経験世代が、現在、物と金の豊富さの激しい流れの中で、いつも刺のように自分自身を感じ違和感を自らの中にも他者との関係の中にも持ち続けていることに、私は共感しております。『学校の草』の時には、やはり高校教師としての作者を、読む私が意識していたところがありますが、今回はそのような先入観なしに私自身が読めたこと、先入観などがふっ飛んでしまう程人物の「存在」に現代のもろさを感じさせる説得力がありました。


(6)      (「現代文芸」同人) 栗 田 美 信

 推敲の結果、ぐんと良くなっていると思います。時間をかけただけの事はあります。幾分個性的な味がうすくなっている所もあるようですが、全体としてみれば、分かりやすく表現が直され、すっきりと整理されており、又、一段と読者を意識したものになっております。すなわち完成度が高くなっていると思います。「パンソリ」でもっとも効果的と思えたのは最後のところです。
 ……薄明りのおちているプラットホームを階段の方へ歩きはじめた。以下に追加された数行。
 特に、……パンソリ(一人芝居)か。の一行が効いていると思いました。
(中略)
「非常階段」は36〜7頁に、父親からの電話のエピソードが追加されていましたが、作品に厚みを加えるのに非常に効果があったと思います。
 ただこれに続く、39頁までの所は、旧作に比較し、かなり整理・圧縮されていましたが、ここは確かに旧作には感じさせられた熱気のようなものが、幾分薄れているようにも思われ、はたして良くなったのか判断に苦しむ所です。しかし全体としては、旧作の荒々しい所をマイルドな味に置き換えて、磨きをかけてあるため、全体のバランスとしてはこうせざるをえなかったのではと、理解できます。「路上の女」は今回がはじめてであり、興味深く読みました。「歪んだ風景」読み返してみて、私も一度、義足の男がカンバスを立てていたコンクリートの堤防へいって見たくなりました。


(7)       (「季節風」同人) 成 清 良 孝 

 表題の「非常階段」も力作だと思いますが、わたしは「パンソリ」がいちばん素直に読むことができました。文章も肌理細かでいいと思いました。次によかったのは「歪んだ風景」です。おこがましい言い方ですが、秋葉さんの日常の感覚の裏付けがあるからではないかと思います。「非常階段」はたしかにテーマとしても、それを紡ぎあげていく作者の主体も迫力はありますが、やっぱり観念的という印象は打ち消せません。わたし自身が、だんだん身辺雑記的なものしか書かなくなった、いや書けなくなったせいかもしれません。その点壮大なテーマをお持ちの秋葉さんへの多少のジェラシーかもわかりません。

(8)        (「獣神」同人) 赤 坂   冲

 作品はただただもう立派でまばゆいばかりです。特に「歪んだ風景」の中の河原の場面で「こんなところには来ない方がいいですよ。病みつきになるから」と絵かきが話したりするところ、それに「パンソリ」全体の構成の見事さについては何とも敬服の一言につきます。

(9)     (現代文芸研究所所属) 小 池 ま や

「非常階段」は意識の目が時折あらわれるところが特徴で、幻想小説風の作品だと思いました。個々の表現が上手で、個性的だと思いました。しかし、田端麦彦氏の評も的確で、彼の評を読むと、少しわかりにくく思ったり、ピントが合わせられなかったところが決してわたしの責任ではなかったのだと知りました。ほんとうに小説書きはむずかしいものですね。特に秋葉さんの文体による小説は(抽象性)むずかしいと思います。作者の苦労は想像できます。

(10)        (都立高校教師) 小 口 正 明

「非常階段」は、出てくる女が、<まるで、太めのマネキンが布をまとって歩いているようだ>ということで、逆に何か、この小説のモティーフが浮かび上がってくる、覗けてみえる気がします。グラマーな女とか、顔の美しい女とか、女性らしさを持っている女とか……そういうのではなく、逆にもっと男とか女の差異をつけない、以前の所で、“支え”を求めているといったらいいのか・・そんな気がします。この女は、<この場の雰囲気からはみ出た藁人形か何か……><女は周囲の視線には無頓着に、銅色の髪を垂らし、アップルパイを食べはじめた。>
 男の方は、<建物から宙にはみ出た、あの薄い鉄板を重ねただけの階段>・・そこを登っている感じ・・もろい、危うい感じを持ち続けている。だからこそ、建物からはみ出していても、非常階段を支える鉄骨のような(?)この女に、ひかれる・・寄りかからざるを得ないのかもしれません。不思議な雰囲気を持つ、読ませるいい作品だと感じました。「歪んだ風景」も登校拒否を扱った、重いテーマの作品だと思います。『学校の草』の中の「沈黙」をふくらませた作品と思われます。うまい、重い作品とは思いますが、ラストの方で、“筆を持つ男”が出てきて、わりと冗舌に語る箇所があります。そこの所はちょっとつくりすぎたようにも思いました。「路上の女」も、おもしろいといえば、おもしろい作品ですが、赤瀬川原平さんたちのつくり上げた“考現学”・・その中のトマソンをちょっと前面に押し出しすぎた気もします。たしかに、あれは、不思議な反価値観の中へ人の心を引き込む魅力があり、私も1、2年カメラを持って、“トマソン”を探したこともあります。とても楽しかったというのが、正直な印象であり、授業中話をして大いにうけた記憶もあります。でも、何十世紀も経ったら、地球上のものは(人為のもの)すべてトマソンになってしまうなあ・・などと考えましたら、彼の本の最後に、そんなことも書いてあり、赤瀬川(尾辻)さんは最後まで見通しているんだな・・と思いました。ともあれ、現代的なテーマを創作の中へ用いる姿勢は好感が持てました。「パンソリ」も、なかなか重いテーマで、読ませる小説です。いろいろ調べ、正順への恋心をにじませながら、キメ細かく描かれた秀作だと思われます。ただ、もっともっと小島を押し出してもよかったのかもしれません。正順との間で、金村京子との間で、自分をそこまで拘らせるものが、いったい何なのか・・それをもっともっと正面から描いてもよかったのかもしれません。
 ともかく、4編を読んで、力のある、内面をつきつめるすぐれた小説家で
あるという思いは同じです。